野上浩司 (のがみこうじ) 1971年 兵庫県宝塚市出身
絵画、デザイン、ディスプレイを学んだ後、一度就職、ディスプレイ関係の仕事に就く。しかし創作への思いが行動へと駆り立てる。
それまで勤めていた会社を退職、貯めてきたお金を持ち、目標としていた海外での画業修行へと旅立ったのは、26歳の時であった。多くのアーティスト志望者が抱く希望を、現実のものとする行動力がその出発点にあった。
何故ヨーロッパを選んだのか。特に難しい理由があるわけではない。しかも、特別に場所を固定して考えていた訳でもない。割と広くヨーロッパ全体を捉えていたようである。
「風景画に興味があったことと、本場の芸術にじかに触れてみたいと思ったのです。そうした漠然とした憧憬をヨーロッパに抱いていました。例えばイタリアは古典技法の宝庫、フランスは印象派など近代絵画の本場です。現代美術を学ぶとか、美術学校へ行くとかは考えていませんでした。なにはともかく行ってみようと」
1997年、一回目の渡欧。イタリアのフィレンツェにアパートを借り、そこを根拠にスケッチに励むことになる。特定の美術学校に通っていた訳ではない。奨学金をもらった訳でもない。通ったのは、語学学校。
「とりあえずイタリアにと思って、行く前にイタリア語は勉強したのですが。何もしないよりかは、少しはましだった程度でしょうか」
語学学校はそのうち「おざなり」となり、やがてヨーロッパ各地へ放浪が始まる。見るもの、触れ合うもの、味わうもの、すべてが乾いた土地に水が染み通るように若い画家の体内に吸収されていった。フィレンツェを始めローマ、地中海へ。そしてスペインからフランス、オランダへと旅は続く。行く先々で本場の作品を見る、スケッチを残す、写真を取る。
こう書くと意外と誰でもできそうだが、実はかなり大変だったらしい。単に放浪していたわけではない。かつての画家が滞在した場所に行っては、そこで見える風景、感ずる風や空気を追体験したのである。いくつかは旅のガイドブックに載っていない田舎である。この段階では、それ自体が新鮮であった。
「安く上げるために、バスなどもよく利用しました。現地へ着くと滞在許可証の申請をしなければならないので、それが苦労でした。
必要書類を揃えたり、長く待たされたりなど・・・安いホテルを転々として、自炊でしたので食事も大変でした」この一回目の体験で、野上は自分の描くべき作品の方向性を見つけることができたと言う。それを言葉で言い表すことはできないけれど、しっかりと自分の中に刻みこむには十分の旅であったに違いない。
約一年に及ぶ旅を一度切り上げ、いったん帰国。再度もろもろの条件を整え、1999年二度目の渡欧。今回はフランスのノルマンジー地方にあるルーアンという町にひとまず滞在。そこを拠点に更に旅は続いた。前回訪れなかった土地へも足を伸ばす。行く先々で目にするもの、様々な出会い、そしてヨーロッパの空気そのもの、これらは野上の成長に糧とならないものは何ひとつとしてない。2度目のヨーロッパは、多少余裕が持てたのかもしれない。ここで、作品がしっかりと固まった。つまり、画家が自然に生み出されていったのである。
「日本では出会うことのできない、空の色、花の色、川の色、建物、空気、大気を感ずることができました」
「例えば、空や光の見え方は天候や季節で変化します。その時々の風景が、日本では決して感じることのできない、色彩やモチーフを自分にもたらしてくれたと思ってます」
「自然を丁寧に写し取っていく」スタイルである。それを野上はこう表現する。「向こうの風景や自然が引き出してくれたこと」であると。
この間、描きためたスケッチから数点を日本の公募展に応募。「多摩総合美術展」「99ドローイング・デッサン・版画コンクール」
「ART・BOX日本画・洋画・版画新人賞」に入選。 「今の作品が生まれたのは、ヨーロッパという土地での数年間が基盤になっていますが、それはモチーフだけではなく、技術的にも光や色彩のセンスが向上し、調和のとれた作品が描けるようになったと感じています」
2000年に帰国。 帰国後、それまでのスケッチを元に制作活動を本格化。現在は故郷の尼崎にアトリエを構え、油絵とパステル画を中心に数多くの作品を精力的に制作する。今後大いに活躍の期待できる新進作家のひとりであると言えよう。何か激しい個性を感じそうだが、実は口数の少ない静かな青年である。言葉ではあまり語らない。描くことで表現する。ホームページも持たない。
ヨーロッパ体験とは、あなたにとって何だったのか? 「ありきたりですが、自分の才能の開花してくれた、センスを磨いてもらったということでしょうか。また、絵というのは、自分が満足するだけでなく、他人にも影響を与える奥の深いものであると改めて思いました。ヨーロッパで経験したことを、画面だけでなく、今後も生かしていきたいと思っています」
テーマは、誰にでも分かりやすい「自然と光」。一見ありきたりのテーマだが、制作者がそこにどこまで愛着を持ち、どこまで掘り下げていけるかによるのであろう。自然の風景でも「納得のいくもの」を描くと言う。徹底して「自分の好きな空や雲、木々や水のきらめきを自然に描きたい」と語る。作品はどこか印象派のようでもあり、見るものに優しい感覚を与えてくれる。豊かな色彩と、画面から漂ってくるヨーロッパの自然の風・・・
野上の作品を語るキーワードはたくさんある。「季節を感ずる絵」「抒情的」「牧歌的」よく見ると、対象の細部にわたって、光のきらめきや葉とか花に照り返す光線が、丁寧に写し取られている。そのことが画面全体に適度な緊張感を漲らせている。
現代美術にありがちな、難解で見る側に負担を強いる作品ではない。誰でも好感を持つことのできる絵柄。絵とは決して難しいものでも、見ることに知識が必要なものでもない、見る人に心地よさを与えるものである、という野上のシンプルな考え方がある。アートとは壁に飾られた瞬間、窓となる。現代のアートシーンが忘れてしまった、そうした感性を味わうことのできる作家であろう。
(C)Kohji Nogami
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